Diversity
ダイバーシティ、多様性、寛容さ、というのは組織にとって、フェーズに大きく依存する問題だと思う。
多様性はアイデアとルールを齎すと思っている。
例えば、常識が常識として通用するのは、全員がほぼ同じ概念を指して常識だと思っている間だけだ。
その間は、参加者が善良であれば、確かにルールが必要ないかもしれない。
全員の目指すところもその場合似通ってくるので、それはそれで強固な組織と言える。
しかし、その常識の範囲のアイデアしか存在し得ない。
逆に、常識が異なっている様々な人間が集まると、アイデアのレンジは広くなる。
広くなるが、組織としてはとても脆弱になる。
まず、言葉が通じない。
「日本人が英語が苦手である」とかそういう話ではなく、同じ識っているはずの言葉でもその概念が異なるために、意思疎通がうまく行かない、という意味だ。
言葉を定義し、作法を定義し、行動を制限しないといけなくなる。
もちろんそれだけでは駄目で、常識の交換を行う必要がある。
常識の交換はかなりのコストを要するが、多数派が必ず支払わなければならない。
少数派はそもそもそれを負担することができないからだ。
コストが支払われない場合、単純に少数派が組織から消えて、それで終わりになる。
それが合理的なフェーズであれば、それはそれで良いだろうし、困るのであればコストを払って多様性を確保すればいい。
その選択はどちらが優れている、ということもなく、戦略に依存すると思う。
よほど気をつけていない限り、大抵の組織は多様性を望みながらそのコストの支払を渋り、その結果として多様性を排除してしまう傾向があるように見える。
組織内の人間の常識が完全に一致している事は絶対にないため、表面上一致しているように見えていた時期が過ぎると、勝手にどんどんズレていってしまう。
すると、無自覚に多様性を排除する組織は最終的にすべての人間を排除する事になってしまう。
多様性が組織に必要かどうかは戦略に依存するが、多様性に排除に無自覚だと時間経過で自壊する組織になってしまうので注意する必要があるな、と思った。