なんか随分生活が変わってしまって、日記を書く時間が消滅してしまった。
というのも、本やTwitterを読むとか日記を書くとかは「電車の中でやる」カテゴリに属していて、なんでそんな事になっているかと言えば、もちろん「電車の中でも出来ることだから」。
当時そういうことのために使っていた時間が今はご飯を作る時間に化けている。
(外食しなくなったら5キロくらい痩せてしまったので、食事から排除していた炭水化物をまた摂取するようにするかどうか検討している。)

さて、というわけでTwitterも全くタイムラインを追えなくなってしまって、リストを分割して対応した。
どうしても読みたい人(リアルの知り合いとか)だけの小さいリストを作ってメインと命名し、基本的にそれだけ見るようになった。
それ以外の面白いんだけどめちゃめちゃ大量にツイートする人とかは別のジャンル別リストに振り分けて、メインを読み終わった時に限って見る。

たまたまそんなメイン以外のリストを眺めていた時に、別にバズってはいなかったのだけど以下のような言説が流れてきた。

「セルフコントロールは消耗資材」

考えて見れば当たり前の話だし、多分かなり有名な概念なんだと思うのだけど、そういう風に言語化されるととてもしっくり来た。
Wikiには「自我消耗」とあった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%88%91%E6%B6%88%E8%80%97
エビデンスが微妙な説のようだが、感覚的にはなんとなくしっくりくる。

要するに、何か大変で優先度が高い事に取り組む時、それを成功させたければ極限で自分を甘やかせ、という事になりそう。

そして、裏を返せば「多くの人が消耗するが、自分は消耗しない事を仕事にすると良い」とも言えそう。
これは、ただ好きかどうかよりももう少し現実的な選択方法かも知れない。