Hide And Seek

お湯(@aaiiyudayo)さんがツイートしました: 「子どもの頃に遊んだ『かくれんぼう』は、大人になると遊ばなくなる。なぜなのか。考えるところを601字以上1000字以内で論じなさい。」 ‘19早稲田大学(スポーツ科学)

本日、この問題の解答例を書いてみます。みなさんはこの問題の解答、どのように考えますか?

というTweetを見た。とても興味深い。
実際のところ、自分はかなり大人になるまでかくれんぼをしていたし、今でもルールによってはかなり楽しめるだろうと思っている。
バニラのかくれんぼにはルールに欠陥があり、確かにそのままでは楽しめない。
一つは、普通に屋内でやった場合に、隠れられる場所があまりにも限定的な事だ。
特に体がある程度大きくなってしまうと、普通の整然とした部屋であれば殆ど選択肢はないだろう。
これでは、鬼が有利過ぎて全く楽しめない。

逆に屋外でやった場合には、選択肢が広すぎるという問題がある。
選択肢が広いと隠れるのは容易だが、今度は見つけるのが難しくなりすぎてしまう。
そもそも隠れているだけのゲームなので、ある程度のところで見つけて貰わないとすぐに退屈してしまう。

子どもの頃には保育園やら幼稚園やら学校やら、適度な広さでどこにでも入ることが許されて、しかしどこまでも行けるわけではない、という丁度良いフィールドと、少しの隙間にでも簡単に隠れられるという小さい体の2つがあったからバニラのルールでも成り立った。
体が大きくなり、フィールドが相対的に狭くなると、ゲーム性が破綻し陳腐化してしまう、というのが実際のところだと思う。

  1. 丁度良いフィールドの喪失
  2. 体が大きくなり隠れられる場所の選択肢が限られすぎてしまう
  3. 具体的操作期を過ぎてしまい、思考で隠れられる場所を網羅できてしまう

の3つの複合的な要因だと思うけど、まぁ3が一番大きそうではあるけど…(この小論文の模範的な解答は知らないけど、形式的操作期の到来がかくれんぼの陳腐化に一番大きい影響があるのは間違いないと思う。場当たり的に隠れて、場当たり的に探し、自分で見つけておいて予想外の所から相手が出てくるのが面白かったのだから。)

というわけで、
1, 2. 体が大きくなっても隠れられるところが沢山ある丁度良いフィールドで
3. 常に動き続ける事が可能なルール
であれば、大人でも楽しめるでしょう。
サバゲーってかくれんぼみたいなもんだし。
大学卒業後くらいに缶けりをやったらかなりエキサイティングだったし。

かくれんぼ、今度やりましょう。

Xavier(2)

今日は一日エグザビア(通称ザビエル)を触っていた。
もう、何もうまく行かない。何もうまく行かない。
まず本当にProcessingが動かないのかの検証を行った。
もう本当に色々やって、JDKのバージョンを色々試したり、必要そうなパッケージを別途入れたり、本家Processingのaarch64向けのパッケージ名の中からライブラリをコピーしたり、色々やってみたいけど結局動かすことはできず。
しかし、まぁどうしても動かさなくても、こいつにはただRealSenseからのハブに貰えればそれで十分というふうに途中で方向転換をして、RealSenseを動かそうとしてみたが、そっちも思うように進まず。
何もわからない…。
やっぱりカーネルの更新したりしないとだめっぽいので、とりあえずMacにUbuntuのVM作るところから始める…ちょっとめげそうになってきた。

Melatonin(2)

メラトニン(3mg)を購入してから、2回飲んだ。
飲んで2時間くらいで効果が現れ始め、3時間くらいで最高に眠くなる、という感じだった。
完全に期待以上の効果だったので(ひょっとしたら偽薬効果かも知れないが、暗示にかかりやすいタイプなので)非常に良かったのだけど、今日は飲んでいないのに随分と早い段階からとても眠い。
確かにメラトニンに関する記事には睡眠時間を「後退させる」「前進させる」という表現がよく使われていて、もしかして継続的な効果なの…?とちょっと怖くなっている(嬉しくもある)
今日は読書会だったのに、始まる辺りから既にかなり眠く、人の書いた感想に絵文字でリアクションするくらいの事しかできなかったので、後で感想をまとめてブログに書くことにしたい…。

Digital Dementia

デジタル認知症という言葉が会話に登場したため、調べた。
調べても調べてもお気持ちブログしか出てこず、まともなエビデンスが1つもない。
論文をあたっても、まともな実験結果やエビデンスがあるものが1つも出てこず、自分の中では99%デマだろう、ということになった。
日本よりも圧倒的に事例が多くデータも豊富にあり、エビデンスに厳しいはずのアメリカでデジタル教育が推進されている、という昨今の状況もその予想を裏付けている気がする。(もちろん、僕もエビデンスは持っていないので気がする、でしかないが)
しかも、最近テレビなんかでも結構取り上げられていて、逆にテレビの内容を信じて疑わない層に広がっている概念らしく、日本の先進国化を食い止めたい人々がわざとデマを流しているようにも感じられた。
陰謀論大好きな人になってきてしまったので今日はこの辺にしとく。

Stardust Coffee

星屑珈琲という、読書を前提にした喫茶店に行った。
同じようなコンセプトの喫茶店は何件か行ったことがあって、特に名古屋大学の付近にあったLitirは色々な意味で思い出深く、知らない場所なのに懐かしい気持ちになった。
わざわざ入口に「本を読むとこだから大声でしゃべるな」という内容の張り紙もしてあって、お、これは本格的だな、と思った。
モロー博士の島があったので最初の2篇だけ読んだが、想像していたよりもだいぶ面白かった。
自分でも本を持っていた(塩の街)のだけど、そこにおいてある本を読みたくなるのはなんでだろう。
もちろん店内はとても静かだったし、また本を読みに行きたくなる喫茶店でした。